LOGIN更待の体を診察し、一通り手当てする。大きな問題はなさそうだ。
腹部の打撲も口腔内の切傷も見た目より軽傷だった。
真野が悔しそうに俯いた。
「ごめん、先生。自分から首突っ込んだのに、更待さん連れ帰ってくんのが、やっとで。祐里も冴鳥先生も守れなかった。唐木田さんは完全に鈴木先輩のフェロモンにやられてたし、冴鳥先生も途中からおかしくなってた。あのままじゃ祐里も……。わかってんのに俺、二人を置いて逃げてきた。ごめん」
ふむ、と理玖は真野を眺めた。
とりあえず頭を撫でた。
「真野君は、よくやってくれた。充分すぎる働きだよ」
真野が困惑した顔を向ける。
「むしろ謝るべきは僕だ。真野君に事情を説明していなかった。色々、驚いたよね。とりあえず、栗花落さんにはRISEに潜入捜査に入ってもらってるんだ。だから、心配いらない」
理玖を眺めて、真野がポカンと口を開けた。
「え? 潜入? だったら、更待さんは知ってたの?」
腫れた頬を庇いながら、更待が顔を上げた。
「すみません。俺が必死じゃないと、鈴木に気付かれるから。説明も出来なくて……っ!」
口腔内の傷が沁みるんだろう。
冷蔵庫にあった冷感シートを晴翔が更待の左頬に貼ってやっていた。
「秋風君は自分から僕にSOSを出してきた。積木君と同じ条件で、僕はそれを受け入れた。立ち位置は栗花落さんと同じだと思ってくれていい」
困惑した表情で、真野が考えを纏めながら話す。
「じゃぁ……、大和と秋風先輩と栗花落さんは、RI
「なら、その恩着せ、冴鳥興産も一枚噛ませていただけませんか」 隣のベッドで寝ていた冴鳥が起き上がった。 その顔を見て、理玖はビクリと肩を震わせた。 瞼が腫れまくっているし、目が潤みまくっている。 明らかに泣いていた人の顔だ。 大人になって、こんなに泣いている人を初めて見た。「ごめんなさい、全部、聞いてました。起きてたけど、僕らが混じっていい話じゃないと思って、寝たふりしてました。拓海さん、途中から涙が止まらなくなっちゃって、声を殺して泣いてました」 一緒に起き上がった深津が理玖に、こっそり教えてくれた。 立ち上がった冴鳥が秋風と栗花落の体を抱きしめた。「すまない、音也君。俺は音也君の近くにいたのに、音也君の辛さなんか、少しもわかっていなかった」「何も知らない拓海兄さんだから、俺は安心できたんだぜ」 冴鳥が秋風の額に額を合わせた。「これからは、守る側でありたいと思う。どんな場所で育とうと、音也君は音也君だから。いつも俺を助けてくれる音也君を、今度は俺が守りたいんだ」 秋風が照れ臭そうに笑んだ。 その顔に安堵が浮かんでいた。 冴鳥が晴翔に向き合った。「冴鳥興産の子会社で、病院に医療用酸素を卸している会社があります。埼玉西部は、ほぼ顧客だったと記憶しています」「藤酸素商会ですね。RoseHouse内の病院、RoseHouse Medical Centerに医療用酸素を卸してますよね。高圧酸素の液体酸素の管理も、藤さんのはずです」 さらさらと話す晴翔に、理玖は感心した。「晴翔君、よく知ってたね」「実は早い段階から調べていました。冴鳥先生の御実家が関与し
理玖は自分の掌を眺めた。 臥龍岡から聞いた話は理玖の想像をはるかに超えて悲惨だった。(RoseHouseは子供の尊厳だけじゃない。人間の命すらも軽んじる。僕が考えていた以上に鬼畜な施設だった) 安倍晴子は夫である忠行の裏切りにより、子供に代替えの愛を求めて虐待に走った人間なんだと思っていた。 実際、始まりはそうだったんだろう。 だが、現実に今、安倍晴子がRoseHouseで行っている所業は、子供という商品を使って金を得る。命と体を売り買いする商売だ。 そのために犯す殺人に何の躊躇いもない。(人間なら持ち得るはずの命への良識なんか皆無、下手をすれば罪悪感すらない。ここまで来てしまったらもう、真実を隠し通せない) もはや組織的な犯罪だ。 それが国の認可を得た施設で行われている事実が何より恐ろしい。 壊し方を変えなければいけないと思った。「少し前にメディアで噂になっていたDollは、RoseHouseを指していたんですね。あの話はフィクションめいていたけど、あながち大袈裟でもない」 今の臥龍岡たちの話を聞いたら、大袈裟とは思えない。 むしろ、現実の方が惨い。 臥龍岡が、目を伏した。「あれは悟さんに罪を着せて殺すための前振りで流した噂でしたが、俺の真意は別にありましたよ。Dollの噂を聞いて、RoseHouse出身の子供たちや多少なりと事情を知る大人が少しでも動いてくれないか、なんてね。他力本願な願いですが」 事情を知る人間なら、噂の中身とDollという単語で、直感が働く。 自嘲気味に笑う臥龍岡を、否定する気にはなれない。(それくらい切羽詰まっていた。臥龍岡先生も鈴木君も限界だったんだろうな)
「MariaはWO生体研究所の治験募集で集めた女性です。身寄りがなく頼れる者もない、天涯孤独で若い女性を探して集めて、体外受精の母体に使用した。十人産んだら引退して、RoseHouseの保母として子供の世話をさせる。いわゆる終身雇用です」 臥龍岡が淡々と説明してくれた。「しかし、長生きしない人がほとんどです。連続して十人も子供を産むと年齢以上に体の老化が早まる。女性ホルモンの関係なのかわかりませんが、卵巣癌になる女性も多かった。だけど何よりは、適当な年数で殺されるんです、RoseHouseに」 臥龍岡の説明に、晴翔の顔が引き攣った。「殺されるって、どうして。出産が終わったら、解雇すればいいだけじゃないんですか?」「外に出せると思いますか? RoseHouseの中で何が行われているのか、最も熟知しているのはMariaなんですよ」 臥龍岡の鋭い目に、晴翔が言葉を飲んだ。 体外受精で産んだ子供たちを孤児と偽り、育てる。 産んでから子供たちの世話までこなすMariaは、子供たちにとり最も身近な存在だ。 RoseHouseにとっては、内部事情を最も熟知している部外者だ。「自然な死を偽装する方法はいくらでもあるけど、これまでの話を聞くに、薬で簡単に殺していたでしょうね。施設内には火葬場もあるようだ。身寄りのない人間を永代供養しても違和はない」 理玖の補足に、晴翔の顔が更に引き攣る。「秘密堅持のために、殺すんですか」「Mariaだけじゃない。研究員も、看護師も、事務も、関わるスタッフは総て。マザーにとり商品であるはずの子供でさえ、不必要になれば排除される」 臥龍岡の言葉が生々しくて、胸が詰まった。(羽生部長が言っていたのは、こういうことだ。あの場所で行われているこ
理玖は素朴な疑問を臥龍岡に向けた。「お話に出てきた蘆屋先生は、もしかしなくても七不思議解明サークル顧問の蘆屋先生ですか?」 理玖の問いかけに臥龍岡が頷いた。「そうですよ。蘆屋先生は悟さんの大学の同級生で理研の同期です。悟さんより先にRoseHouseに移動になっていました」「そんで、俺と同じように折笠センセに助けられた人間の一人ってコト。結構ヤバいとこまで入り込んでた蘆屋センセを大学に出したのは折笠センセなんだってさ」 続いた佐藤の言葉に、理玖は納得の心持になった。(だから蘆屋先生は、折笠先生のために、あんなに力になってくれるんだ) 蘆屋にとっても折笠は命の恩人であっただろう。「研究員にも命を命と思わない人間が多かったですから。生体検査と称した実験で死にかけたり、実際に死んだ子供も多くいました。蘆屋先生はその中で数少ない真面な人でしたよ。居てくれて助かりました」 臥龍岡の語り口はあくまで淡々としている。「僕が思っていた以上に、RoseHouseは子供を殺していますね。normalは海外に人身売買、WOは折檻と実験で死亡、か」「いくらでも作れるから、どれだけ殺したって構わねぇんだろうね。少なくとも職員がその程度の意識だってのは、あの場所に踏み込めば嫌でもわかる」 理玖の呟きに、佐藤が吐き捨てた。 佐藤は十年前、WO生体研究所の治験でRoseHouseにボランティアに入っているから、中の雰囲気を知っているんだろう。「保母さんや保育士さんは、優しい人が多かったっすよ。特にMaria上がりの人たちは、お母さんみたいに優しくしてくれたっす」 栗花落が穏やかに語る姿に、理玖は安堵した。 R
あまりに酷い内容に、理玖と晴翔は唖然とした。「マザーの暴力は日常で、礼も音も俺にとっては折檻される子供の一人でしかありませんでした。だから、まさかあの礼と、こんな形で再会するとは思っていませんでしたよ。栗花落という苗字の家に養子に行った子供は何人かいたし、RoseHouseは名前被りも多いので。だから里子に出たり養子に入る時に二文字にするんですけどね」 臥龍岡が何でもない事のように語る。 晴翔を呼び出した時の鈴木も、花園礼が栗花落礼音と同一人物だと秋風に聞くまで気が付かなかったと話していた。 常時百人からいるRoseHouseの子供たちをマザーの暴力から守り続けていたのなら、頷ける発言だ。「あの一件で目を付けられた俺と礼音は、その後もマザーから不定期で折檻されました。礼音は怯えるから嬲りがいがあったのか、俺より酷い目に遭わされた。過換気が酷いのも、そのせいだと思います」 秋風が苦悶の表情で語る。 秋風に背中を摩られながら、栗花落が呼吸を整えた。 現時点で過換気は起こしていなくて、ほっとする。「でも、音也が必死に庇ってくれたから、俺は生きてるんすよ。あの時、あの部屋で聞いた会話を、もし話していたら、俺は今頃、生きてないっす」 秋風がなんとか部屋を抜け出して叶を見付けて助けを求めたのは幸運だった。 もし見つかっていたら、過剰な折檻で死んでしまったotherの女の子のように、栗花落も殺されていたかもしれない。「音也も叶大さんも蘆屋先生も、俺にとっては命の恩人っす。あの頃の叶さんは怖い人でもあったけど、RoseHouseの子供たちにとっては助けてくれる人でもあったから」 栗花落の言葉に臥龍岡が静かに目を伏した。 理玖は、栗花落がRoseHouseの実態を話してくれた一番初めから今までを思い返していた。 
「違います、マザー。礼は迷い込んでしまっただけで、階段で蘆屋さんと俺で保護しました」「へぇ、そう。けど、音くんはかくれんぼしていたのよね? かくれんぼって、一人じゃ出来ないわよねぇ」 ニヤリと笑んだマザーの顔が、あまりに醜く歪で恐ろしい。 礼は蘆屋に縋り付いた。「マザー、ごめんなさ、ごめん、さい……俺、一人で、階段」 音が泣きながら呟く。 マザーが音の小さな体を持ち挙げた。「嘘を吐く子は嫌いよ。RoseHouseには、そういう子はいないはずなのよ。本当のこと、言いなさい」「俺、一人で、階段、走って、遊んで」 音の言葉を遮って、マザーがその頬を殴った。 拳で殴られた音の口から血が流れた。「噓吐きには折檻よ。正しい子になれるように教育しないとね」「俺が一緒に、遊んでました。階段で、一緒に」 体をブルブル震わせて、礼は弱々しく白状した。「ふぅん、階段、なのね。蘆屋、叶、《階段で》遊んでいたのね」 マザーの目が蘆屋と叶に向いた。「はい、マザー。音も礼も階段で発見しました」「かくれんぼじゃなくて、鬼ごっこしていたようですよ。渡辺が階段の扉を開けなきゃ、普通に病室に戻っていたでしょうね」 蘆屋が頭を掻きながら答える。「そう、渡辺がね。わかったわ。叶、礼を連れて一緒に来なさい」 音を引き摺って、マザーが歩き出した。 蘆屋から降りて、礼は叶と手を繋いだ。「ごめんな」 蘆屋が礼







